History of Origin

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京都における初期の歴史

オリジンの歴史は、1976年、先見の明のある人々が京都郊外の大本ファンデー ションに大本・日本伝統芸術学院を創設したときにさかのぼります。その創設者 たちは、美術収集家のデヴィッド・キッド、大本の教祖、出口なを、ニューヨークの 聖ヨハネ大聖堂のモートン堂長、そしてバックミンスター・フラーです。この学院は、 日本の芸術を一つの美しい体系のなかで総合的に教えることを試みた初めての 学院です。そして20年余の間に世界に多くの卒業生を送りだしました。彼等の 人生は学院での経験により大きく変わりました。

この20年間に、私達は現代人に芸術を教えるユニークな方法を開発してきまし た。私は学院の創設以来マネジャーとして運営にたずわりました。1997年に閉 校した後は、その教授法を新しい形で、その発祥の地である日本のみならずタイ などアジアの国で、復活させるのが私の夢になりました。そして8年後の2005年 、ようやくオリジン・プログラムが発足しました。

大本学院

                                     デイヴィッド・キッドの夢

下記の一文は、1980年代に行われたデイヴィッド・キッドのインタビューからの 引用です。

私は燃えている家の中にいます。中国の宮殿内の邸宅です。どうやら図書館 か書斎か、何か保管所の中のようです。絶滅した木の木材で作られた家具は 呼吸をしています。燃え盛る火の轟音は大きくなてきました。部屋の隅には精 巧な作りの一対の書棚があります。雲母の象眼細工を施した立派な漆塗りで す。それぞれの書棚には、驚くべき精巧さで彫られた白翡翠の彫り物がついて いますが、その形が何であるか分かりません。

すると、「持てるだけ全てを取りなさい」と大声で叫ぶ声が聞こえました。私が運 べるものだけを取るのは不可能だ、と私は思いました。柱が崩れて床が揺らいで います。そのとき形状不明のものが分かれて、意味を成さなくなったことに気づき ました。それらの体系が喪失されると、その形は別な価値を呈することしか出来 ないのです。

二つの現実の解決不能な問題に直面して、私は気づきました。全てか無であ ると。物は救うことが出来ません。

そこで私は目覚めました。解決不能な問題は常に私を目覚めさせます。全く 悪夢です。しかし今はそれにも慣れました。静かな恐怖とでも言うのでしょうか。
 

茶道のクラス、1976

David

デイヴィッド・キッド